2009年02月24日

備考/遺品返還までの経緯詳細


2000年春のきっかけ

 少し長くなりますが、どうかご了承ください。

 そもそものきっかけは2000年の5月、偶然に市内のチャリティー映画会『愛の鉄道』を見たことに始まります。後日、監督の千葉さんに私の方から連絡をいたしました。連絡をした動機は故トニ・グリン神父の活動(軍刀の返還活動)に興味をもったからで、オーストラリアにそんな人物がいたのか、と。さらには、その前に従軍司祭の故ライオネル・マーズデン神父という人物がいて、故トニー・グリン神父に影響を与えたとのこと。としたら、お二人とも今は亡くなられているけれども、現在もどなたかがそうした活動を引き継がれているのではないか。映画では描かれていなかったけれど、もしかしたらそうした方を監督がご存じでは――と思ったのです。

 1998年に故伊藤清治の遺品の存在が伝えられましたが2000年当時、未返還だったのはご承知のとおりです。1998年以降どういう経緯があったのか、また遺品が今どういう状態にあるのか一向にわかりませんでしたので、監督に事情を話し、もしもそうした活動を引き継がれている人物をご存じなら、ぜひともご紹介いただき返還の糸口が作れれば、と考えたわけです。

 監督と連絡がつき、事情を話してみましたが、「そうした人物が今もいるだろうとは思うが、残念ながら個人的には心当たりがない」とのことでした。が、その時の話の終わりで、監督から「実は今度(2000年8月下旬)オーストラリアへ行く予定があるので、都合がよければ一緒に行ってみませんか?」とご提案を受けました。即答はしませんでしたが考えた末、自分もオーストラリアへ行ってみようと。ちょうどその年の春まで私は会社勤めだったのですが、それを期にフリーライターとして独立したため、仕事のスケジュールは自分次第ということもあり、決断をしました。それに「こんな機会、一生のうちにそうあるものでもない。今度行かなくて、この先一体いつ行くんだ?」というのもありました。また、連絡・音信がないのなら自分から出向いて直接確かめるしかないだろう、という考えもありました。ですが、結果的に監督とはご一緒することなく、単身で行くことになりましたが。

2000年の訪問前

 その決断後、しばらくしてあることを思いつきました。独立を期に拙宅は仕事場を兼ねることになり、パソコンとインターネットを導入。以前、1998年のニュースがあった時は会社勤めでしたので、会社の自分用のPCを使い、オーストラリアのヤフーでICETを検索したことがありました。その時、ICETのホームページを見つけたのですが、確か当時は全文英語で私の拙い語学力ではどうにもならず、連絡をあきらめました。それから約1年半後、いつでもPCとインターネットが自由に使える環境となり、もしかしたらICETのホームページでもその後何か変化があるのではと思い、さっそく検索・アクセスしてみたところ、日本語のホームページが開設されていた。これなら日本語でメールを出しても大丈夫だと、原田様へメールした次第です。確か2000年7月、ちょうど当地訪問の前々月でしたが、どうせ行くならその前に連絡をとる努力はしてみようと。ですが内心では駄目でもともと、という気持ちでした。幸い原田様からご返事をいただき、その後の展開はご記憶かと存じます。

 原田様からご返事が届き、遺品のその後の経緯についてのご説明を読んだ時、実は「ああ、やっぱり」と思いました。つまり、一旦は「返したい」と自発的に、好意的に言っていたのに返ってこない。言ったことと、していることが食い違っている。しかし、遺品は個人の所有物ではなく、団体(エッピングRSL)の所有物らしい。とすれば、最初に返したいと言った方はそういう気持ちだけれども、その後内部で反対があり、意見がまとまらなくなったのでは…と推測していたのです(日本の会社とかでも、よくある話です)。で、「やはりそうだったのか」と。ですから、原田様からのメールを読んで、ひどく落胆したということはありませんでした。むしろ確信を得たというか、だったらなおさら行かなければ、と思いました。特に、一旦は返そうと思われた方(のちにウェイトマン氏と知るわけですが)にお会いして話だけでもできたら、とも思いました。

 先ほど「日本の会社でもよくある話」と書きましたが、板ばさみですよね。自分の気持ちと、していることが結果的に違う。周囲の状況もあって、不本意にもそれを余儀なくされる。まして反対した相手が、永年互いに信じ続けてきた友人だったら…。友人同士がお互いを信じられるのは、価値観とか感性を大部分で共有しているという(暗黙の)前提があって、成立するのだと思います。原田様からのメールを読んだ時点で、私の心の中にウェイトマン氏への同情のような気持ちが、すでに少し生じていたように思います。

2000年9月の訪問、そして4年後の返還

 その後、翌々月(2000年9月)になって当地を訪問したわけですが、その折にウェイトマン氏(当時は副支部長)とブラウン氏(当時支部長)にお会いでき、遺品の展示を見学し、お話もできました。その節には梅井様に大変お世話になり、帰路の車中で当地訪問のきっかけになった映画『愛の鉄道』、そして故トニー・グリン神父の事を何気なしにお話したところ、実弟のポール・グリン神父と梅井様とは旧知のお知り合いとのこと。私がポール・グリン神父に直接お目にかかるきっかけは、こんな偶然でした(詳しくは梅井様へ)。

 梅井様の通訳を介して、ウェイトマン氏、ブラウン氏と話ができましたが、お二方から受けた印象は大変よいものでした。とても紳士的に、温かく迎えていただけた。そして、話の端々から誠実さや品の良さを感じた。それでいて飾らない御人柄だということが、よくわかりました。なのに、こんなにいい方々が板ばさみになって苦しまれていたのか、と。それに気づいた時、自分からは「すぐに返せ!」とは絶対に言えないと思いました。自分が無理強いすることで、こんなにいい人を更に苦しめることなどできない。本音を言えば確かに返してほしいけれども、それはこの方々を新しい苦しみに追い込むことになる。そんなことは自分にはできない、と。その時の訪問で返すことができなかったことをしきりに、丁重に詫びられていたのも強く心に残りました。

 これはもう、時が解決するのを待つしかない。それに、こうした問題は賛成多数・反対少数で決めることではなく、全員賛成の形でなくては本質的な解決にならないだろう、とも思いました。遺品の展示もその時に拝見しましたが、訪問前に予想していた以上の丁重な扱いで、かなり安心したのを今でも覚えています。

 時を経て先月17日(2004年9月17日)、多くの方々のご理解とご尽力により遺品が返還され、晴れて日本へ帰還することができました。あの日から日本へ帰国した21日までの数日間、恐らく今まで生きてきた中で最も多く「ありがとうございます」("Thank you so much.")という言葉を口にしたように思います。実際それ以外、それ以上、自分の気持ちを表現できる言葉はなかったのですから。

返還までを振り返って〜最大の理由

 今、日本にいてこれまでの経緯を振り返った時、「そこまで自分を動かしたものは一体何だったのだろう?」と、ふと思うことがあります。4年前の一度目の訪問、そして今回の訪問。そんな矢先に、原田様からのメールでのご質問です。

 その答えは、「身内だから」だと思います。たとえ亡くなった者であっても、血のつながった身内には変わりない。遺体も遺骨も返らず、今どこでどうなっているのかわからない。でも唯一の遺品が、遠く離れた南半球の街にあることがわかった。赤の他人じゃなくて、自分の身内のものです。確かにあるとわかった以上、知らぬふりなどできなかった。何とかして実物を見て確かめて、そして何とかして日本へ帰してあげたい。身内のものなんですから。自分を動かした最大の理由は、それだったように思います。

 あと、やはり故トニー・グリン神父の存在もあると思いますね。あの方を描いた映画を見なかったら4年前の訪問はなかったし、そして梅井様にその話をしなかったらポール・グリン神父にも会わなかった。2000年の訪問時、『愛の鉄道』の上映がRSLの方々とポール・グリン神父にお会いした当日の夜にあり、梅井様と見に行ったのですが上映後、「自分は導かれて来たんだな」と感じました。先月の訪問でも帰途に着く前日の日曜日、日本人の方が集まる礼拝と会合に参席させてもらったのですが、そのお開きの後、シスターの方(お名前を失念してしまいました)と教会の墓地に墓参りへ行きました。本当は6月(たぶん?)に亡くなられたばかりのポール・グリン神父のすぐ上の御兄様の墓参だったのですが、どうしてもその墓所が見当たらず、なぜだか故トニー・グリン神父の墓所が見つかった。なのでこれ幸いと(?)、御霊前で合掌してきました。自分としては、一度墓参をして必ず御礼申し上げなくてはと思っていたので、ちょうどよかったのですが。その時も何だか導かれているような気がして、仕方ありませんでした。

 長々と書き過ぎてしまい、どうも済みません。でも、電話でこれをお話ししたらエライことになりますので、あえてこうした次第です。それでも、少し話がまとまらなくなってしまいました。ご質問の答えになっているか、いささか不安です…。ご不明・ご質問など新たにありましたら、お気軽にご連絡ください。以上

(シドニー在住、ICET・原田房枝さんからのご質問に寄せての回答文)
posted by Yasuhiko Kambe at 16:07| Comment(0) | 備考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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